意味不明青年の朗らかな破壊

完全不定期に、小説書くのに行き詰った時や、なんか書きたくなった時に書くブログです。

嫌われ者でいる覚悟を。

晴曇空です。別に鬱い訳ではないんですが、明日13日は私の20回目の誕生日なんですね。んでまあ仕切りの年なので。

 

幾度もブログの中で私は「好かれたい」と思って生きてきた、と書きました。それはずっと独りと戦ってきたという環境の中に生きてきたので、自然とそう思うのは仕方ないと思います。親にもあまりもらったことのない「他人の温み」を感じたかった。だから、生放送とか、イラストとか、小説とか、実況動画とか、あらゆることに手を出してみたんです。私を知らない他人なら、優しくしてくれるかもしれない。そう思った中学生のころ。

でもふたを開けてみれば、ネットにもそういう人間っていませんでした。夏希の件然り、周りにいる人間たちはそのほとんどが冷酷で、自分の性格の悪さも相まって、誰一人として優しくなんてしてくれませんでした。それどころか、人が抱える思考の闇を嫌というほど見て、そして今現在まで、その闇を自分も纏って生きてきました。

そういう話をすると、何も知らない人からは「大変だったね」と言ってくれて、多少は優しくしてくれます。でも自分が欲しいのはそういう同情じゃねえんだ、って思い続けたら、いつの間にか独りに戻ってました。どうやら僕は好かれる人間では、否、好いてもらえる人ではなかったみたいです。

それでも、今の相方だったり夏希だったり、そういう私を好いてくれて支えてくれた人っているわけです。それならば、そんな好かれようと生きるのは、もうやめようと思ったわけです。

どうせ好かれる人間になったところで、めんどくさい人間関係の腐った部分は見なくちゃいけないわけですし、いろんな思考に振り回されて疲弊するとか、馬鹿くせえことに気づいてしまったんです。なので、ならばもうこのまま「嫌われる人間」でいようとか思ったわけです。

別に犯罪を犯そうとか、そういうことじゃないんですけどね。普通に生きて、何らかの時に死ぬ、その普通のサイクルの中で、今のまま生きようってだけです。自分勝手に生きて、自分勝手に好きなことをして生きてこうと思ったんです。

なので僕はこれからそういう生き方に、少しずつシフトチェンジして行こうと思います。今までさんざん苦しめられてきたんだから、許されるべきだと思います。

 

なんか相方がこのブログを読んでるそうなので、もしこの記事を読んでいるならば、僕は今後そうやって生きていきます。それでも傍にいてくれようっていうんなら、今後もよろしく。それが嫌っていうんだったら、今日にでも別れてもらってええですよ。

そんな今日の記事の最後は、昔一人で戦い続けていたころに言っていた言葉を書いて終わります。

 

孤独戦線 -Alone Battle, Never end- 

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