意味不明青年の朗らかな破壊

2013年末から書いてる、三流脚本家の与太話。完全不定期で更新。一方通行の近況報告。

【記事固定用】2021年版自己紹介のような何か

改めまして、初めましての方は初めまして。昔からの読者の方は、どうも、晴曇空(セイカゲゾラ)でございます。

 

2021年版自己紹介です。と言っても、去年の記事とあんまり変わりませんが。

去年と同じく、続きを読まれる方は、そこの【続きを読む】を押してくださいまし。

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4.10

どうも、晴曇空です。

昨夜アサルトリリィの二次創作の新作を上げました。

出来損ないのヒーローwww.pixiv.net

↑最近気づいたんですが、このリンクを踏まないと作品に飛べないっぽいです。

 

最近のわいにしては、語る所が少ない、というか、作品自体はめちゃくちゃ好きなんですけど、頭の中にあった風景をそのまま写生したような感じで、あまり語ることも無いんですけど、でも、わいの轍として書き残しておきたい事はあったんで書きます。

 

もうこれもここ2か月ずっと言ってますが、アサルトリリィの二次創作をするようになって、色々と過去が報われた、と思える瞬間が結構あって。もちろん作品に対しての満足度もそうですけど、それが数字だったり、評判だったりと耳に入る機会が多くて、本当に嬉しいんですよ。でもそれ以上に、昔の「何にもならない」と思ってた事に助けられているって言う事が何よりもうれしくて。

 

わいは昔、一次創作から始まって、瑞加賀に艦船擬人化にとやってきて、もちろんそのそれぞれに「好きですよ」って言ってくれる人はいましたが、いまいち実感が湧くことってなくて。同人誌も売れはしましたけど、買う人は減っていく一方だったし。

艦船擬人化だって、最初は興味があって、好きで書いてましたけど、如何せん界隈でもアウトローで、閲覧数もずっと0とかで、それなのに周りは楽しそうなので、でもわいは惨めな気持ちになっていくばかりで、結果として、色々と逃げ出して、元相方からは「私に近づくために艦船擬人化をやってた」って言われる始末で、もう本当に創作なんかやめてやる、と思ってたんですけど。

 

だけど、ラストバレットに出会って、アサルトリリィに出会って、すごく世界観に惚れて、あとは今までの過程が活かせるんじゃないか、って思ったのもあってまた二次創作をやり始めて。そうして始めたこの度も、最初のスタートダッシュがそれなりに上手くいって、色々な人に読んでもらえるようになって。

そうして出会った友人に、報われてなかった『ウォッチドッグス(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14907617)』とかの艦船擬人化の話を読みてえ、って言ってもらって、わいも何気なしに読んだら滅茶苦茶良くて。

そうした道中を巡り巡って、失ったものは多いけど、得た経験と言葉で書き上げた、わい的には、この前の『曇天を切り裂く花となれ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14744574)』以上の傑作になった、それがこの『出来損ないのヒーロー』です。

別にどっちの方が好きでも、わいはどっちも傑作だと思ってるんで、別に構わないんですけど、でもどこかで違う道を選んでいたら、この話もまた違ったものになっていたでしょうし、もしかしたら生まれてなかったかもしれません。

 

今回の話は、夢結が絶体絶命の状況で、それでも一番守りたい梨璃の為に、憎んで憎んで仕方がなかったレアスキル、『ルナティックトランサー』を発動して梨璃を救う、そう言う話です。言われてみれば王道の流れかもしれませんが、その話の過程は、きっとわいだからこそ書けたもんだと思います。

それに、何度も何度も上手くいかないって、今まで以上に没を出しましたし、一時期はこの話を書くのすらやめようとも思いましたが、それでも諦めず書き続けて出来た作品でもあります。だからこそ、余計に思い入れが深くなったんだと思います。

 

未だに躁鬱とは同居してます。昔と変わってないところだってまだまだあります。でも、秋田ひろむの言葉を信じて、十万行を費やして、時間すらも費やした甲斐は本当にあったと思います。そして、報われない作品や過去達にも、今はすごく感謝しています。無駄な事なんて一個もなかったと、今のわいだから胸を張って言えます。でもこれだって、そう言う記憶がなければ言えないんです。

 

もしかしたら1年後、5年後、10年後、また読まれない、評価されない時代がやってきて、死ぬほど悩む日が来たとしても、足掻く理由が出来ました。そしてそれを改めて思わせてくれたこの作品に、そして仲間たちに感謝してます。

 

たかだか6,000文字かもしれません。けど、中に入っている想いは、きっと10万文字あったって足りないかもしれません。

そして、夢結と梨璃の二人が本当に好きならば、気に入って頂ける作品だと確信を持って言えます。何卒宜しくお願いします。

 

 

そう言う話でした。

また書きます。

4.8

晴曇空です。

 

いよいよ今日でした、amazarashiのファンクラブ限定10周年記念ライブ、『雨天決行』。もちろんリアルタイムで見てました。

 

あまりセトリとか言わない方が良いのかな、と思ったりもするんで、なかなか満足に書けないが口惜しいんですが、出だしからやばかったです。でもこれだけは話しておきたいので言うと、最初の二曲は「拒否オロジ―」「とどめを刺して」でした。

特に、「とどめを刺して」は、わいの艦船擬人化でもめちゃくちゃ気に入っている話、『明日への逃亡』のインスピレーション元で、そのシーンの数々が脳裏に浮かんで、そしてライブ特有の音の厚みと疾走感とリンクして、もう初っ端から涙が出てしまいました。

明日への逃亡www.pixiv.net

 

あとは、今日のライブはMCも多めで、その曲たちに対する思い入れとかが話されて、一人「おー」とか歓声を上げてました。家に一人で良かったです。

後は人気投票3曲以外にも古い曲もちょこちょこやったり、かと言えば新しい曲も入ってて、新旧のamazarashiをすごく堪能できました。

それにライブ演奏。東京ガーデンシアターでやってたそうなんですが、四方を普通の紗幕で囲って、その全てに連動する映像だったり、いつもamazarashiのライブは五人が横並びなんですが、今回は秋田ひろむを囲むように円形になって、そして秋田ひろむの方を向いている、というこの構図がやばいですね。

やっぱり10年ほぼ同じメンツでやってきているから、バンドとしての記念碑として、後は無観客だからこそできた配置なんだろうな、と思います。

でも、ピアノが豊川さんじゃなくて、多分鮎京さんだったんですよね。もちろん鮎京さんでも全然良いんですが、10周年記念だけに豊川さんじゃなかったのが、少しだけ残念でした。

まあ、この前のEP『令和二年、雨天決行』の「馬鹿騒ぎはもう終わり」でコーラス入ってたところを見ると、多分、昨今の東京のコロナのこともあって、出演を見送ったんだと思うのですが。そう言う意味では仕方ないのかなあ、と思ったりします。

後の面々はいつもの感じでしたね。ベースの中村さん、ドラムの橋谷田さん、ギターの井出上さん。最近気が付いたんですが、井手上さんもEP『0』とかからギターで参加してる人なんで、最近のライブは本当にamazarashiの初期メンツで活動してる、と言っても過言じゃないんですよね。そう言う話が好きなわいにとっては、いつも胸が熱くなります。

 

そうして歌っている姿の秋田ひろむを見ていて、「やっぱりわいも秋田ひろむみたいになりたいなあ」ってすごく思いました。ああいう風に、色々経験した自分自身の言葉で、こうして誰かを感動させることが出来る、って言うのにめちゃくちゃ憧れます。その憧れがさらに強くなりました。わいもいつか、そんな風になりたいです。その為にも、今が踏ん張り時だな、って思いました。

 

そんな感じで、取り急ぎまとめました。明日からアーカイブもあるんで、観れるだけ観潰してやろうと思います。武道館公演ぐらい感動しました。こういうライブを作ってくれる、秋田ひろむ他サポートメンバーの皆さんに、スタッフの皆さんには本当に感謝しています。いつも感動させてもらってます。本当にありがとうございます。

そして、今日の最後はこの言葉で締めさせてもらおうと思います。

 

 

報われなかった夜も、挫折に泣いた夜も、そういう夜達にいつも居てくれたのは、秋田さんの言葉でした。10周年、本当におめでとうございます。 そしてこれから10年後も、きっと聴き続けてると思います。これからも応援しています。 

4.7

眠れない夜です。晴曇空です。

 

なんとか鬱からとりあえず脱却して、鬱後の虚無と同居してます。

創作のやる気はあっても、小説が書けなかったりして、BF1ぶりのフレンドと遊んだり、アサルトリリィについての考察を色々と深めたりしてたんですが、ぼけーっと、今日はamazarashiのファンクラブ限定ライブもあるのもあって(後付け)、『命にふさわしい』を聴いてたんですけど、やっぱりこの時間に聴くamazarashiは特に良いですね。色々と思いつきました。

後はなんとなしに、『命にふさわしい』のリリースの時のインタビュー記事を漁ってたんですが、そこに「小さな希望を描くために、それとは真逆の暗いところをしっかり描く」っていうところに、「あぁ、忘れてたなあ」と思いました。

 

今や僕の中では傑作揃いの艦船擬人化作品って、スズムの影響もあって、それこそ「小さな希望を描くために、暗いところをしっかり描く」って事を意識してて、故に結構良い作品――少なくともわいが好きな作品が多いんですが、最近は全然意識してなかったなあって思いました。アサルトリリィ二次創作なんかそうですね。

もちろんアサルトリリィ二次創作も良い作品ばっかりなんですが、なんか伸びきらないのはそこかなって。

せっかくのわいの武器を使ってなかったのは勿体ないので、次に出す真面目なヤバいやつはそれを意識してやってみようかなあって思ったりしてました。

冬の終わりにwww.pixiv.net

そういえばこの作品も、わいの中ではなかなかやばいやつなんですが、この作品がとうとうブクマ100という大台(?)に乗りやがりました。ありがとうございます。

瑞加賀を書いてた時は、ブクマ平均20前後だったんですが、その数年後に、こういう景色を見れるとは思ってなくて、ただただ感慨深いです。

あとこの作品に使ってる手法も、瑞加賀時代に編み出したのを使ってるんで、それもあって凄く嬉しいです。夢結梨璃作家を自負してるだけに、別カプが先に行ったっていうのは、なんかちょっとだけ複雑な気持ちなんですけど。

本当にアサルトリリィと出会ってから、色々と見ることがないと思っていた世界を見せて頂いてます。この恩は、やっぱり良い作品を書くことだと思うので、また楽しみにしてて下さい。しばらくは書けなさそうですが。

 

そんな感じです。さっさと寝て、明日のamazarashiのファンクラブ限定オンラインライブに備えたいと思います。

でも最近思うのは、やっぱり秋田ひろむみたいな人になりたいすね。色々な考え方とか。秋田ひろむみたいに、わい自身だからこそ言える言葉で、わいだから描ける世界を描いていきたいです。

 

また書きます。

4.4

躁と鬱を行ったり来たり、曇れば晴れる空みたいな日々です。晴曇空です。

 

読む人に読まれれば良いと思って書きます。

 

「幸せって何か?」っていう問いは、幸福そのものを題材にするわいにとっては命題で、ずっと考えてきたテーマです。

ただこの「幸せ」ってやつは、人によってそれぞれで、美味しいものを食べる事自体が幸せな人、誰か好きな人との時間を過ごせることが幸せな人、そして幸せなんか無いっていう人も、もちろんいる訳です。

そしてわいは、「普通の日常が幸せなんだ」みたいな立ち位置だったんですけど、言う割に幸せを感じたことがなくて、そのうち個人的な問として、考えてきました。

 

そうして今日パラパラと昔の創作が入ってるクラウドフォルダを漁っていたら、こんな作品が出てきました。

Filename://sentimental(晴曇空) - カクヨム

 

『Filename://sentimental』っていう作品です。書いたのは2、3年前かな。

この話が果たしてわい空想の話なのか、それとも実際の話なのかは、読み手のみなさんにご想像して頂くとして、でもこの話に出てくる場所は実際にある場所です。そう、函館です。

函館っていう土地は、僕にとってはあまり良い思い出はない場所なんですが、だけど未だに帰りたいなあ、って思うような場所でもあります。

 

僕は小中学といじめられてましたし、中3の初めに親は離婚して、ずっと続くと思ってた日常が終わった場所で、なんで、良い思い出はない、って言ったんですが、でも、多分今僕が思うに、僕にとっての幸せは、ここで過ごしてた日々だったんだろうなあ、って思います。そして、この函館っていう土地で過ごしている時の記憶で、一番の象徴的な場所が、僕の住んでた今誰かの一軒家なんですけど。

 

結局、ここで過ごした日々っていうのは、もう二度と戻らない訳です。この「家」という物は、例えば宝くじが当たったりとかしたら買い直せますが、その当時の記憶って言うのは、買い直せない訳です。

だって父親がいて、母親がいて、祖母と、この4人で過ごしていた日々はもう戻っては来ないんです。祖母は高校の時に死んでしまったし、親父ももう昔の親父では無いわけで。もうあの日々には戻れないんです。

僕にとっての幸せってのは、結局、あの家で過ごしていた日々の事だったんです。だから僕は、今でも「ありふれた日常の中の幸福」を描き続けてるんです。それを改めて思い出させられました。そして、溜め込んでた怒りも思い出しました。

 

もはや誰も責めることは出来ないんですが、そういう日常を終わらせなければならない原因を作ったのは父親だし、その決断をしてしまったのは両親で、それに当時子供だったわいは、当然従うしかなかったんです。今言うならば、幸せが終わるのを止める術が無かったわけです。ふざけんな、とも言えなかった訳です。

誰かの傍に居て幸せだったのは間違いないです。元相方といた時も、それなりに幸せだった記憶はあります。でも、それでもどこか空虚だったのは、結局のところ、わいの幸せっていうのが、そこにあるからなんだと思いました。

 

けど、いつまでもそこにしがみついてる訳にもいかないんですよね。じゃあ次の幸せがどこにあるかって事なんですけど、まあもう見つからないんじゃないかなあって思ってます。だから、今日もわいは幸福を描き続けてるんだと思います。今の僕にとってはフィクションですからね、幸福ってのは。

 

でも最近色々と見ていて、別に馬鹿にする意図は一切ないんですが、そういう昔のわいの幸せすらも出会えなかった人たちがいて、それも贅沢な悩みだったんだなあ、って思います。人の温みを少しでも感じられていたこと、それすらも「幸せ」ってもんだったんだなあって。

だから、わいはそういう人達には、わいよりも幸せになって欲しいって思うわけです。わいが描いてる虚像じゃなくて、本物の人との温みを感じて、そして幸せになって欲しいって思います。

 

っていう話を書いてますが、わいは言うても好きだった人すら幸せにできなかったんで、そうする才能がないんだと思いますが。まあ、また誰か傍に居てくれる人が出来たら、今度は本当の意味で笑って過ごせたら良いな、って思います。夢のまた夢ですけど。……なんだ、死ぬのかな?

 

そんなわけで。

あっ、ちなみに宗教勧誘とかされても絶対入らないですよ。わいはもう既に入ってますし。夕日信仰っていう信仰に。

4/7のAPOLOGIES限定ライブも楽しみですね。きっと今のわいにとっての、小さな幸せってのは、そういう好きなものを追いかけてる時間なのかもしれませんね。分かんないですけど。

 

はい。また書きます。