意味不明人間の朗らかな破壊

2013年末から書いてる、三流脚本家の与太話。完全不定期で更新。一方通行の近況報告。

4.13

だいぶお久しぶりになってしまいました。晴曇空です。

amazarashiの新譜、『七号線ロストボーイズ』

発売になりましたね。会社の研修中ゆえ、CD自体は手に取れてないんですが、もうamazarashiでです、ダウンロードで買って聴いてました。

またゆっくり聴いて、感想を羅列しようと思いますが、でも、なんだか、色々と考えてしまうようなアルバムで、どことなく寂しい気分にもなりました。

曲や歌詞は前向きなものが多くて、それ自体は良いなあ、って思うんだけど、それ以上に、秋田ひろむは朝を迎えて、そしてまた次の夜に向けて走り出したんだなあ、って、その背中が珍しくどこか遠く感じました。

別に知り合いでもなんでもないんですけど、それでもどこかその背中が近くって、『ボイコット』のライブの時は背中を押してくれたような気がして。そんな秋田ひろむが、遠く感じたアルバムでした。

でもそれが悪いわけじゃなくって、秋田ひろむは秋田ひろむなりに、しっかり過去と決別できたからこその今作なんだと思います。そしてそれを言い表すなら、「わいは先に行くけど、あなたも気を付けて」って言うような、そんな感じです。ただ一つ言えることは、やっぱりわいは、これからもamazarashiを聴き続けます。それを確証したアルバムでもありました。

 

わいは一体今どこに居るんだろうなあ。

色々ありました。「色々」と片付けられないぐらいには、たくさんのことがありました。

親の離婚から始まり、色んな人と出会っては、親しい関係になったり、その癖自分がなってないが故に、悲しいような別れも沢山あって、その度にわいは自分が嫌いになって死にたい、消えたい日々が何年と続きました。だから、もうずっとこのまんまだと思ってました。

もういなくなろうとして、死のうとして、いや実際死のうともしたけど死ねなくて、結局死に損なったまま、ただひたすらアンデッドのように、ただいつか見限られたあの人を見返す為に、始めた『最後の』報われなかった創作は、不思議な縁で、色んな人に見てもらって、そして最後には、見返したかった人に見てもらえて、「頑張ったね」って言って貰えて。思えば、あれがわいにとっての、夜の終わりだったのかもしれません。鬱屈続きの卑下だけが取り柄だったわいの。

 

それなら今はどこにいるんだろう。

嫌じゃないにしても、半ば惰性でやってるような今の創作で、今のわいが成し遂げたいものはなんだ?大学終わりごろから、ずっと考え続けてる事です。

だとすれば、この夜はそういう夜なのかもしれません。元相方とも未だにたまに喋るし、昔の知り合いともまた然りで。相変わらず人に好かれはしないけど、会社の同期とわちゃわちゃするのは楽しかった。

間違いなく昔よりは幾分マシな夜で、それでもたまにこうしてセンチメンタルになって。それぐらいがわいには丁度いいのかもしれません。

「さよなら」で全て終われる訳じゃない。だから、未だに元相方にはある意味でのお別れは言えてない。

でも多分「さよなら」がわい達の今までの関係を終わらせて、新しい関係を築く言葉じゃない気がする。じゃあその代わりの言葉はなんだろう、ってのも分かんない。もしかしたら言葉じゃなくて、何かの作品なんかもしれない。分からないばっかの夜です。

 

この夜の先に、きっと秋田ひろむが辿り着いたような朝があることを祈ってます。それがどんな形であれ、わいにとって明るい未来であるように。

そういう意味での孤独前線です。わいはまだ戦ってます。

 

また書きます。

戸山団地のレインボー

戸山団地のレインボー

  • amazarashi
  • ロック
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