意味不明青年の朗らかな破壊

完全不定期に、小説書くのに行き詰った時や、なんか書きたくなった時に書くブログです。

2.11

なんだかんだ言いながら、作家の端くれなんだと思えるような話をします。

 

Twitterの某タグで某氏と話していたときの事なんですが、軽く「表現」の仕方の話になったんですよ。その方曰く、「「表現」することにおいて何が最善かをよく考えてらっしゃるイメージがある」とのことで、そのこと自体は嬉しかったんですが、色々と考えもしました。

私が物書きを始めたときの話は何度もこのブログでしましたが、私が影響受けたものについてはそんなに言及してないような気がするんです。

多くの作家さんは、例えば芥川龍之介とか、太宰治とか、夏目漱石とかそういう俗に言う『日本文学』というものから、物書きの仕方を学んでいるんだと勝手に思っていますが、実は私自身それ程日本文学には精通してないんですよね。全く読んだことが無いというわけじゃないんですが、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」さえも完読した覚えがないですし、夏目漱石の「こころ」や太宰治の「人間失格」等、興味があって手を出すものの、なんだかんだ有耶無耶になって読み切れてなかったりします。

一方、ライトノベルは高校時代馬鹿程読んでて、伏見つかさ氏の「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」や、枯野瑛氏の「終末何してますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」とか、何故かメジャータイトルはそんなに読んでないんですが、かなりの量のライトノベルを読み漁ってました。ので、私が一番作風や書き方に影響受けたのは、実はライトノベルが圧倒的なんですよね。ぶっちゃけ、話の筋の通し方は、高校時代一気に良くなったっていう自負があります。

 

話を本題に戻して、私の表現の仕方って何だろう、と考えました。

そのツイートを返す時には、「キャラクターの感情を如何に表現するかはめっちゃ考えてる」と書きましたが、実際どうなんだべと。

こうやって客観的に自分の作品の書き方を見てみると、思った以上に考えなしに小説書いてるんですよ。いや、適当に書いてるっていう訳でもないんですけど、なんというか、ぽっと頭に浮かんだ文字をそのまま書いてるような感じで。

とはいえ、たまには「ここをこう書いたらアクセントになるかな」とか、「読み手側が「えっ」ってなってくれるかな」っていうことを考えることもあります。特にシリアス書く時は意識するんですけど。

 

でもやっぱり一番意識するのは、キャラクターの感情なのかな、やっぱり。

僕は三人称視点の小説を書くのが本当に苦手で、だからいつも一人称の小説なんですけど。なので、キャラクターの細かい描写を書くのは必然的に多くなるので、色々考えることは多いです。例えば、子供っぽい子を主人公にするときは、「驚いた」という書くよりは、「びっくりした」っていう言い回しの方が良いかなとか。後は文字で書かなくても、最低限読み手がその情景をイメージ出来るように書いてるつもりではいます。

 

まあそんなところですかね。あとはなんか思い当たるとこもないし。

また何かあったら書きます。では。