意味不明青年の朗らかな破壊

完全不定期に、小説書くのに行き詰った時や、なんか書きたくなった時に書くブログです。

6.14

晴曇空です。

パソコンを変えて、iTunesのプレイリストやらなんやらが全部吹っ飛んでしまって、そして復興しながら久し振りにwowakaさんの「アンノウン・マザーグース」を聞いたんですよ。そしてwowakaさんの解説よんで、ふと思ったことがあったので、書き殴っときます。どうせこのブログなんて読んでる人いねえだろ、っていう体で書きます。

 

何故、創作を始めたのか、ていう話はもうこのブログで何度も話してきたわけですが、僕が創作を始めた大きなきっかけっていうのは、あまり話してこなかった気がします。

僕が創作を始めたきっかけは、「人気者じゃなかったから」です。元々昔も今も心のどこかで誰かに好かれたい、人気者になりたい、って思ってる節があるんですけど、鈍臭くて、泣き虫で、他人とどこか違うところが多かった僕は、人気者になんて慣れるわけもなく、毎日毎日クラスメイトからの悪ふざけに耐えて生きてました。それでもいつかは人気者になれる、ってどっかで思い続けてて、そしてそこで僕の心に「理想の自分」ができたんですね。なれるわけないのは分かってたので、その姿をある一人のオリジナルキャラクターに投影させました。そいつを小説でも脚本でもない形で書き綴ったのが、僕の創作の始まりです。キャラの名前なんかは考えられなかったので、こっそりクラスメイトから拝借したりして。純粋に楽しかったです。今見れば自分でも「バカな設定だなぁ」と思うことも多い作品たちですが、それでも当時の僕の考えた「さいきょうのじぶん」がいて。やりたいことや夢が書き綴られていて。本当に物書きするのが楽しかったんだなぁって思います。

 

それから十年近くの日々が経った今の自分は、一体何を書きたいんだろう。何がしたいのだろう。かなり鬱かった頃からずっと模索してきましたが、最近相方といる時間が一日の半分を占めて、いっぱい言い合いして、文句言いまくって、そんな生活をしてようやく見つけた気がします。今の自分が書きたいのは、「生活の中にある当たり前の幸せ」。

艦これの瑞加賀だとか、ほかの百合を読んでると、大体イチャイチャしてるシーンが占めるわけですが、そんな中僕はずっとイチャイチャというよりは、そのシーンに二人いるだけのような、そんな作品を書き続けてきました。それが果たして百合と呼べるのかは甚だ難しいとこだとは思うんですが、少なくとも、相方のように、同人誌を買って、「また次も楽しみにしてます」と言ってくれた方のように、いつもブックマークしてくれてる方のように、少ないけれども、自分のその作風を好いてくれる方は存在してました。感想がこねえなぁとか思うことが多いこの最近ですが、評価されることも少なくなりましたが、自分のこの方向性は変える気はないです。最近シリアスばっか書いてますが、なーんかゆるっとしたのが書けなかったからです。その理由として、宙ぶらりんだったことも挙げられると思います。なので、僕はこれからもシリアスを交えつつも、「生活の中にある当たり前の幸せ」をテーマに、私独自の百合を書き続けてきます。そう決めました。なので、これからも読んでくださる方々、何卒宜しくお願い致します。また、これを読んで「読んでみようかな」と思った方はこちらよりどうぞ。

 

そんな話です。また。